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富山の薬売りから学ぶ起業と継続的な成功

富山の薬売りから学ぶ起業と継続的な成功

富山と言えば薬売り。ということで実際に富山に行ってみて資料館に行ったり資料を見たりしていろいろと調べてみた。

薬売りに関しては少しは知っていたが、インパクトがあったのは富山は薬の材料になるようなものが豊富にあったわけではないということ。富山は薬産業に適した地域というわけでもないのに薬をつくって販売して一大産業にまでしたということになる。

また、マーケティングリサーチの先駆けと言われることもある富山の薬売りの商売からは起業に関しても学べることがたくさんあるかと思う。

例えば、現代というには昔の話にはなるが、DMMの亀山敬司会長はアダルト関連の事業に参入したときに富山の薬売り方式を使ってレンタルビデオ店にアプローチしていったそうだ。レンタルビデオ店にとっては画期的だった方法だが、富山の薬売りたちは江戸時代からやってきたこと。このあたりの詳細は週刊東洋経済の2015年5月2・9日合併号に特集があるのでそちらをどうぞ。

ということで、いくつか起業するにあたって役立ちそうなことをピックアップしてみた。

薬の材料が豊富にある土地ではないのに薬を製造、販売していた

富山市が運営している資料館でいろいろと見ていて驚いたことの1つ。それが冒頭でもお伝えした富山では薬の材料になるようなものが豊富に取れる地域ではなかったということ。

薬の材料は他から仕入れていたそうだ。それで薬をつくって販売していた。材料は主に海路で大阪から仕入れいたというようなことが資料には書かれていた。

富山の薬の例(広貫堂資料館より)
薬の例(広貫堂資料館より許可を得て撮影)

なぜ富山の薬は有名になり売れるようになったのか?

では、なぜ富山の薬は行商が全国に売るようにもなって有名になったのか? その理由とされるのが反魂胆という薬の逸話

1690年に江戸城内で三春藩(今だと福島県の真ん中から少し東にある地域)の藩主である秋田輝季が強い腹痛を訴えた。その場にいた富山藩の藩主、前田正甫は前に自分も同じような苦しみを味わったことがあり、そのときに飲んで効果のあった反魂胆という薬を常備していた。そこで、反魂胆を秋田輝季飲ませると見事に腹痛が治まった。周りにいた他の藩主たちはその効果を目の当たりにしたことで自分たちの藩で売ってくれと頼んできたという話だ。

このことがきっかけとなって富山の薬が有名になり、薬売りの行商がスタートしたという話がある。たまたま起こったことがきっかけで一躍有名になったということだ。

事業を継続させたポイント

いくら一気に有名になっても、一時的なブームで終わってしまうことはよくある話。

しかし、富山の薬は今も有名なままでずっと続いている。これは富山の薬売りのすごいところと言えるだろう。そのポイントは大きく2つある。

それが先用後利(せんようこうり)と懸場帳(かけばちょう)だ。

あとは薬売り同士のルール。好き勝手に動いていたわけではなく、長く続けられることを考えたうえでつくられたルールがあった。加えて、顧客維持のための工夫もある。

なので、まとめると次の4つがポイントと言えそうだ。

  1. 先用後利(せんようこうり)→販売システム
  2. 懸場帳(かけばちょう)→顧客台帳
  3. 商売のルール
  4. 顧客維持の工夫

それぞれ詳しく見ていくことにする。

先用後利(せんようこうり)

配置薬
配置薬の入れ物と薬(広貫堂資料館より許可を得て撮影)

富山の薬売りたちは配置薬という方法をとって行商をしていた。

これはあらかじめ何種類かの薬をまとめて家や宿に配置しておいて、使った分だけ後から料金を払ってもらうというシステムで先用後利(せんようこうり)と呼ばれる。

客としてはお金を払わなくてもいろんな薬を手元に置けて、いざ必要になったときにすぐに使える。それでいて使ったときにだけ払えばいいので出費も抑えられる。配置薬を置いたところで、金銭的なリスクはないわけでマイナスになることはない。もちろん、自然災害とか泥棒被害とか、そうしたリスクはあるけれど。

懸場帳、顧客管理台帳

広貫堂資料館に展示されている懸場帳
実際に使われていた懸場帳(広貫堂資料館にて許可を得て撮影)

薬売り側は顧客を台帳で管理しており、配置した薬の種類と数、家族構成、いつ誰が何をどれくらい使ったか、健康状態といったことが分かるようになっている。

そうした情報があると次にどんな薬を配置したらいいかがどんどん分かるようになり、お客さんにとって必要な薬を提供できるようになる。そうなれば、売上げも増えるわけでお互いにとってプラスになるというわけだ。

懸場帳は商売する範囲を表すものでもあり、懸場帳があることでその範囲で商売をする権利(商売株というそうだ)を持っていることになる。懸場帳を管理している人を帳主といって、帳主自身か雇った人だけが懸場帳に記された得意先でのみ商売をするという形になっていた。

これはマイナスの面もありそうだが、他を荒らすようなことにはならないようにしていたということは分かる。

薬売り商売のルール(仲間組示談)

仲間組示談という江戸時代の富山の薬商人が決めた商売をするにあたってのルールがあった。富山だけでなく他の地域の同業者と決めることもあったそうだ。ルールは組ごとにあった。富山市売薬資料館に展示されていた資料には以下のことが書かれていた。これらは基本的な決まりということで、他にも何かしらルールがあったものと思う。

  • 御公儀(幕府)の法度を守る
  • 旅先(商売先)の慣習を尊重する
  • 薬種は吟味して仕入れる
  • 定められた日に商売先へ出かけ、帰ってくるように
  • 商売へ行く道中や商売先では服装や言動に注意する
  • 他地域の人と話すときは適度な範囲ですませ親密にならない
  • 富山の薬の製法の秘密を守る
  • 定宿に宿泊し、食事代・宿代はその都度きちんと支払う
  • 親方に従って、仲間同士で助け合い、他の懸場の者でも情報交換する
  • 喧嘩・口論・酒宴・女遊び・賭け事・囲碁・浄瑠璃などは禁止
  • 懸場帳に書かれている決まった場所のみで商売する
  • 了解を得ずに新懸(新しい得意先を懸場に加える)をしない
  • 重置(得意先に同業者が何人も出入りすること)は富山の商人同士はもちろん、他地域の同業者でもしない
  • 仲間内で取り決めた値段より安売りしない
  • 他地域の人を雇わない、また雇われるようなことはしない
  • 医者のようなことをしない、その土地の医者の批判を言わない

顧客維持の工夫

富山の薬売りのおまけ、献上品
得意先にもっていくお土産の例(広貫堂資料館より許可を得て撮影)

顧客維持のための工夫の1つとして献上品を贈るといったことをやっていた。商売するうえでトップを押さえることは必須ということで、藩に他地域の特産品などを献上していたそうだ。

藩に限らず一般のお客さんにもお土産をプレゼントするようにもなった。

始まりは錦絵とよばれた版画だそうだ。風景画や歌舞伎役者の絵などは、江戸で流行しているものや、他国の名所・観光地を紹介することにもなった。芝居の巡業が少ない地域で芝居の内容を話したりもしたと言われる。お土産としても喜ばれるし、他の地域の宣伝にもなるという一石二鳥の土産といったところだろう。

DMM創業者と富山の薬売り

これをレンタルビデオでやったのがDMMの亀山敬司会長。

もともとレンタル店を経営していたものの、紆余曲折を経てビデオを制作販売する側になった。

小売店に営業をしていって取り扱ってもらうのも大変ということで、やったのが薬売り方式に近い方法。新作をどんどん店に送って売れなかったら返品を受け付けるようにした。配置薬みたいなものだ。

当然、返品の量はたくさんあったものの、それと引き換えに「何が売れるのか?」という貴重なデータが得られた。そうしたデータを元に売れる商品作りをして売上をどんどん伸ばしていった。

冒頭でも書いたとおり、こちらの東洋経済に特集にいろいろと書かれているので気になる人はどうぞ。Kindle版もある。ビデオテープの特性を活かしてうれなかったのを再利用したとか、DMMの立ち上げの話とかいろいろと面白い内容が分かる。

まとめ

ということで、富山の薬売りに関してまとめてみた。

  1. 偶然の産物から始まった
  2. リソースがなくてもチャンスを活かして始めた
  3. お客さんにも自分たちにもプラスになる仕組みをつくった
  4. 自主的なルールを決めていた
  5. 顧客維持の工夫をしている

といったところがポイント。

特に起業という観点からは2つめは大きい。自分たちでできないからといってすぐに諦める必要はないということがよく分かる。やりたいことがあるならどうやってやれるかを考えるのは重要なこと。

また、起業した後に事業が続けられるようにするためには、言うまでもなく3や5は重要な要素だ。

今はサブスクリプションだカスタマーサクセスだと横文字が並ぶことがよくあるけれども、基本は300年前からやっている当たり前のこと。時代の流れによって変わっていることはあるが、押さえるべき最重要事項である価値を提供して対価を受け取るというのは時代が変わっても変わらない

参考

富山はさすがに薬で有名だけあって薬の資料館などがある。反魂胆をはじめ、富山の伝統的な薬も販売されている。

市街地からは少し離れるれけれども、路面電車の駅「広貫堂前」から近い広貫堂の資料館は無料で行けるのでお勧め。そこまで広くはないけれども、貴重な資料が見られる。薬も売られている。

冬場の富山でさらに平日の昼間に行ったせいか、貸し切り状態だった笑

広貫堂の資料館
広貫堂の資料館は敷地内にある

富山市売薬資料館は車かレンタサイクルでないと行きにくいが、100円くらいで入れていろいろ見られる。ムックみたいな資料も置いてあってここも面白い。

富山県の薬産業のデータ
富山県の「薬の富山県」というPDF資料より

富山の薬産業は今でも健在というのはデータを見ても分かる。2016年のデータにはなるが、富山県が提供している薬の富山県という資料を見ると医薬品生産金額は全国1位。それを県民1人当たりにすると2位の倍くらい違っていてダントツになる。

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